2008年11月11日

星の下で眠ろうか

窓が赤い!
カメラを持って外に飛びだし、ホンの数十秒の彩を写し撮る。

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すぐに暗くなり、すぐに晩酌。

今夜の肴は、「里芋の煮っ転がし」と「大根葉、万願寺唐辛子、玉葱、キャベツ、豚バラの玉葱味噌炒め」。
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玉葱味噌砂糖味乗せ餅。
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今夜は星の下で眠ろうか、月明かりに包まれて眠ろうか…。
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2008年11月09日

未来に向かって

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今日は兵庫県高校駅伝の日で、ここ篠山市で開催された。
トップランナーは常勝校の「西脇工業高校」。
「飛ぶように走る」を目の前で初めて見た。
ストライドが全然違う!
私の何倍あるかなぁ。
その上ハイピッチ。

若い戦いを見て、さて私は私の戦い(?)に向かう。

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本番前の舞台裏。
「弾けようぜ〜ぃ!」と声を掛けると、「三好さん、私たちの曲はそうじゃないんですよ〜」と。
メンバーの男子生徒が言った、「三好さんはいつもどうして、そう笑ってられるんですか?」
「それはね、悲しみ、苦しみをみ〜んな幸せに変えるために笑ってるんだよ」と、言葉には出さず、笑って答えた。

未来に向かって
走れ 打ち鳴らせ
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2008年11月08日

これが欲しかった!

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近くに高校がある。
そこの「樽太鼓部」に、数回の単発指導をしてきた。
明日の文化祭(この学校では、地元の人を招いてのお祭のような催しだ)に、私が笛で応援演奏する。
曲目は「風のフェスタ」。
いくつかのチームに教えている、お馴染みの曲である。
限られた回数の指導の中で、それなりに「見栄え・聞き応え」のある曲、と言うことで選んだ。

たったの数回の練習で、舞台で披露するのである。
やる気があるのかないのか、つかみどころがない高校生に教えるのは、もう一つ力の入れ具合が難しい。
今日は前日リハーサルということで、私から進んでチェックに行った。
リズムは不安なところもあるが、「先ずは表情だ、身のこなし方だよ」と力説。
演奏が終るたびに、「あ〜っ、あそこが間違った〜!」「ここがあやふやだぁ〜」と言う声が飛び交う。
それでも雰囲気は間違いなく太鼓一色。
これだ、こういう空気が欲しかったんだ。

「目が合ったら微笑を返して、ほらキャンディズの歌にあるやろ…」と言う私の言葉に、「知らん…」「あっ知ってる!」という反応もある。
「三好さんは空を飛ぶような衣装を着るん?」(えっ!空を飛ぶ?そんな衣装着んやろ…、と頭の中が???の私。あとで考えたら、なるほど「風のフェスタ」だからか、と納得)
「三好さ〜ん・・・」という声が何度も生徒から掛かる。
これだ、これが欲しかったんだ。

今回初めて教えた一年生二人と、何度か教えて来た三年生三人の計五人。
よっし、明日は間違いなくいい演奏が出来る。
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2008年11月07日

モノクロームの風

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私が生まれ育った瀬戸内海の周囲5.4kmの小さな島には、当時約4000人が住んでいた。
私が子どもの頃、島の暮らしぶりは質素だったと思う。
島と言うより、国全体がそうだった時代だろう。

7人兄弟の5番目として生まれた父親は、戦後無事に復員したが、島には職はなく、関西に出稼ぎをしていた。
その頃の島の父親たちは、大勢の家族を養うためにほとんどが出稼ぎであった。
我が家は、トタン一枚の屋根が風で飛ばされないようにと石を乗せて、針金でそのトタンを固定していた。
家の外壁はコールタール塗り板の鎧張り。中はワラを入れた剥き出しの土壁だった。これが崩れないようと油紙を貼り付けていた。
六畳と四畳半、そして二畳くらいの食事をする場所。
雨水を溜めた井戸、泥で作った粗末なカマドの煮炊きする小屋…。
ここで5〜6人が暮らしていた。

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その頃島は自家発電で、夕方になると灯りが点く。
我が家といえば、集落から少し離れたところに建てたものだから、電気を引くにはお金がかかるということで、長い間ランプの生活だった。
島の生活で何が困ったかと言うと、水である。
瀬戸内海は雨が少ない。島には当然川はない。
井戸も水が湧くわけでもない。
我が家に風呂はなく、母屋にもらい風呂である。
父方へ、母方へ、と時々家族揃って出かけた。
(風呂の順番を待つ間、母屋の居間にかかった日めくりが西暦1961となっていて、「あっ逆から読んでも1961だ…」と思ったのを今でも覚えている。そう、そのとき私は11歳だったのだ)

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島はイワシ漁で賑わっていた時代だ。
高台にある私の家から海を見下ろすと、イワシの大群で海の色が違う。
真夏の太陽に照らされ、海が銀色に光る。
魚は豊富に獲れた。よく食べた。
島の畑は麦と芋の二毛作だった。
麦が実る頃、島は黄金色の島になる。
芋等を保存するために、床下に穴蔵が掘ってある。
麦わらを敷き詰め、そこに生の芋を保存。
これが我が家の主食の一つだった。
芋は外は白っぽく(なぜか、これを「アメリカ芋」と母は呼んでいた)ふかすと中身が黄色く、蜜が滴り落ちる。
「甘い!」、あの味は今でも鮮明に覚えている。
イワシに味噌をつけたオカズ、麦飯、うどん…。
食に関して今思い起こせば、粗末で質素、まさに貧しい生活、食事…。
でも考えてみれば、あの頃それが「貧乏だ」とか「不味い飯…」とか、思ったことは一度もない。
むしろ「美味い!」「あぁ〜腹いっぱい!」の記憶ばかりだ。

「時代は変わった」とは言え、心も身体も随分贅沢になったものだ。
食べたいものはよほど高級でなければ、いつでも何でも食べられる。
時代の流れの中で、いつのまにか私もそうなった。
しかし田舎暮らしをし始めて、その考えは少しずつ戻りつつある。
ふさふさの葉っぱのついた大根を100円で買い求め、葉はイリコと炒めて酒の肴か、白ご飯に振りかけて食す。
何本かは切り干し大根にしてみよう。
今が旬の金時芋、安い!
これも太陽の恵みを受けて、美味しさが増す。
そして、土と光の恵みを頂こう。

再び 断食

先週の新月の日、生まれてはじめての断食を経験。
(体調を崩し、水さえも飲めないことを2日間経験しているが)
「断食」とはいえ、何も口にしないと言うわけでもない。
ここでは便宜上「大地流」と呼ぼう。

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空腹になると、スープを飲む。
(画像は:干しシイタケと昆布、梅干種の蒸しスープ。昨夜の作り置き。直火は風味が落ちるので、湯煎…お猪口がグッド!シンプル味だが、これが美味さの原点)
甘いものが欲しくなると、生姜を卸し、片栗粉で「生姜湯」。
野菜ジュースも飲む。
これで一日は十分過ごせる。

アルコールも断てる。(週一度の休肝日は、いつかやらなければ…、がこれを機会にスムーズに実行)

空腹になるから、早く寝ることにもなる。

賛否両論の「断食」だが、今は「大地流」で星五つ!
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2008年11月05日

大地 いずこへ

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来週末、島根県に行く。
石見銀山の近く。
行きは紅葉を愛でながら、途中温泉地に寄り道し、一日太鼓ワークショップ。

 山を走れば 海道を帰り
 海を走れば 山道を帰る

次の週からも結構忙しく、予定が詰まっている。

「結の旅」ブログもご覧下さい。
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2008年11月03日

再び 我が窮状

午後の用事も済ませ、初冬の日差しの中でコーヒータイムとしゃれ込んだ。
ラジオのスイッチを入れた。
NHKFMと総合、そしてラジオ関西しか受信しないから、まずはFMにチューニング。
うん?聴き慣れた歌だ…。
ジュリーじゃないか…。
ディスクジョッキーは誰だ?
しばらく聴いてい入ると、「あっ本人だよ!」

新聞の番組欄を見ると、何と!12:30〜25:00までの生番組!
新聞には大きな広告が。
●11/29(土)京セラドーム大阪 「人間60年 ジュリー祭り」還暦記念コンサートということで、大ヒット曲を含む80曲を、5時間余にわたり歌う、と。
ゲスト無しだそうだ。凄いなぁ。

「ながら」で聴いていたが、知らない曲が多かった。
それは彼の40〜50歳代の歌だ。
番組も終了頃、例の(9/14書き込み)歌「我が窮状」が流れた。
なるほど…、なるほど、いい歌だ。
これは何としても合唱曲で聴きたい。
一部では、きっと広まると思うのだが。
合唱団の多い篠山市だが、こういう曲は歌わないだろうなぁ…。


  癒しの国 日本に生まれ
  誇りも感じているが
  忌まわしい時代に 遡るのは賢明じゃない
  英霊の涙に変えて
  授かった宝だ
  この窮状
  救うために
  声なき声よ集え

  この窮状
  救えるのは静かに通る言葉
  我が窮状
  守りきりたい許しあい 信じよう
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2008年11月02日

太鼓事情

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いつもいつも食に関する内容では、単なるグルメブログになってしまう。

たまには太鼓打ち三好大地をアッピールしなくては…。
ということで太鼓話題を。
太鼓そのものの最近事情である。

私が信頼する太鼓職人から、驚きの事実を聞いた。

〜〜〜最近、東北で牛を飼う人が50分の一に減った。
*その人たちは70〜80歳。つまり、あと10年もしない間に、牛を飼う人がいなくなるかも。

〜〜〜牛の生皮(塩漬けした状態)は大量に米国から輸入していて、その一部が太鼓業者に行き、太鼓の皮として使われている。
*いい音は、胴の材質より皮にあると思います。食材として生産された牛の、その副産物の皮から、いい音が出るとは思えない。
*生まれたときから愛情イッパイに育てられた牛は、肉も皮も、最高だそうです。
太鼓職人は生皮を見て、「この牛はかわいそうな人生を送ったのだろう…」とかが分かるそうです。
それは、虫に刺され、皮膚が荒れ、弾力がない、皮・・・。
*「いい音が出るだろう」と予想される皮は、生皮を手で触り見極め、気に入ったものだけを買い付けるのがベストだそうです。
でもそれは、極かぎられた人(職人)しかしていないそうです。
(ちなみに私の3.3尺大太鼓は、生を手で触り「これはこんな音が出るだろう」と買い付けた4枚の内のベスト2枚である。)
*「生の皮を自分のところでなめしている太鼓業者は、全国で2〜3割くらいじゃないか」、とも。


〜〜〜胴になる欅等の原木も、伐採し続けて激減した現状のなか、これからは育てることもしないといけないだろう。
*胴にしろ皮にしろ、何が本物か何が国産か、分からなくなっている
*三味線になる皮は本来猫だったが、周知の事実で今は犬である。
その皮を自分でなめす人は、日本でたったの一人!
(国が規制をする前からこの仕事に従事していたので、国も認めざるを得なかった。)。この人がいなくなれば…。
99%以上は輸入物の皮。それも動物愛護の精神から、困難になりつつある。

これは、文化が廃る。
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2008年10月31日

美味いcoffeeを

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@生豆の種類で、先ず大きく味が違う。
A生豆を「煎り上手」なる道具で、煎る。浅煎り〜深煎り〜討ち入り
(これは番外)で、酸味、苦味の違いが…。
Bゴリゴリと、適当な粗さで豆を挽く。荒い方があっさり味。
C入れる湯の温度でも味が変わる。
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「煎り上手」は少量しか煎れず、思い切ってフライパンで煎ってみた。
1kgの生豆をじっくりムラなく「焦がして」いく。その時間、1時間以上。実に根気の要る作業でもある。(煎り上がりは800gを切った)
美味しいものを追求すると時間がかかる、そこに愛情という調味料が加わる。
今夜は「コスタリカプレミアム」という豆を煎った。
少し浅煎りで、酸味がある。(下の画像、右側の豆。ちなみに左側は、ブラジル深煎りで、かなり苦味が)


黒豆枝豆入り大地オヤキと一緒に「coffeeタイム」

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2008年10月30日

今夜もしあわせ

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断食の次の日は、三食かけて元にもどすのがいいらしい。
次の日の朝、普通に食べると胃がびっくりするからだという。
断食明けの胃袋は「赤ちゃんの胃袋と考えましょう」とのこと。
本当は重湯がいいらしい。
私は昨日のスープの残りに味噌を入れて、具無し味噌汁にして飲んだ。
(これでは断食の日とあまり変わらない気もするが…。)
お昼はいつもの朝食と同じメニューの「大地オヤキと野菜ジュース」。
夜が普通の食事で、晩酌(今夜は一合、涙が出るほど美味しい酒でもないので、これくらいで十分)。

黒豆枝豆は店じまいが多くなったが、「11月3日まで売りますよ」という所もある。(この土日、まだ買えますよ〜!ホクホクと美味い!!)
今日はそこで4束買った。2束茹でた。
枝豆も後半になると茹で時間も長くするのがいいらしい。
(茹でたのはドンドン冷凍保存し、年内楽しめるかも。)
茹でながら1分ごとに味見をする。
10分まで茹でたが、8分くらいが柔らかさ塩加減がベストだった。

う〜ん、今夜もしあわせ〜!

***画像は:
真ん中、生の豆。実が色づき始めている。この赤い色が茹でると黒くなる。